シャムセ・タブリーズ詩集› 抒情詩 224 ← 前へ · 次へ →
シャムセ・タブリーズ詩集 · G224 · 11 対句
غزل شمارهٔ ۲۲۴
このガザルは、恋する者の内面世界を、彼の顔を見つめる若者への問いかけから紐解いていく詩です。詩人の顔は、ただの顔ではなく、神的な愛の狂気(سودا)が記された書物となっています(ベイト1-2)。彼は、賢者ヒドルが飲んだという生命の水を求める、癒えることのない渇き(استسقا)を抱えており、その渇きは無限です(ベイト3)。愛によって「心を失った」者は、もはや忠誠や不実といった世俗的な価値観を超越した存在となります(ベイト4)。詩人の荒れ果てた心は、まさにその廃墟であるがゆえに、愛するあなたの面影という宝物を収めるにふさわしい場所なのです(ベイト5)。詩はここで転換し、詩人が聞いた、彼方の世界からの魂の叫びについて語り始めます。その呼び声は、彼をこの世の眠りから目覚めさせました(ベイト6-7)。後半では、人間存在の受動性が、ポロ競技の球(گوی)とそれを打つスティック(چوگان)の比喩で描かれます(ベイト8-9)。球が自らの意志で動けないように、人間もまた、様々な要求や運命に引きずり回される存在です。しかし、最終的にその動きを決めるのは、王である神の意志(نیت شاه)に他なりません(ベイト10)。最後の締めくくりでは、詩人は自らを、愛するあなたへの شوق(熱愛)によって轟く海にたとえ、すべてを知る王、海の真珠であるあなたに、その真実を語ってほしいと呼びかけ、詩を終えます(ベイト11)。
各対句のページで、その翻訳、解説、難解語を読めます。
- G224:1 چه خیره مینگری در رخ من ای برنامگر که در رخمست آیتی از آن سودا 若者よ、なぜ私の顔をそう凝視するのかもしや我が顔に、あの狂愛の徴でもあるというのか若者よ、なぜそんなに私の顔をじっと見つめるのだ。もしかして、私の顔に神への狂おしい愛のしるしが見えるのか。
- G224:2 مگر که بر رخ من داغ عشق میبینیمیان داغ نبشته که نحن نزلنا もしや我が顔に愛の烙印が見えるのかその烙印の真ん中には「我らがこれを下せり」と記されているのを私の顔に、神が焼き付けた愛の烙印が見えるのだろうか。その印には、クルアーンの一節「まことに我らがこれを下した」と書かれているのだ。
- G224:3 هزار مَشک همیخواهم و هزار شکمکه آب خضر لذیذست و من در استسقا 千の水袋と千の腹が欲しいヒドルの水は甘美なれど、我が身は水腫の病にあるゆえに私は、飲めば飲むほど渇きが増す水腫の病にかかっている。だから、賢者ヒドルの生命の水を飲むためには、千の水袋とそれを収める千の腹が必要なのだ。
- G224:4 وفا چه میطلبی از کسی که بیدل شدچو دل برفت برفت از پیش وفا و جفا 心を失った者から、どうして誠実を求めるのか心が去ったなら、誠実も不実も共に去ってしまったというのに愛によって心を奪われてしまった者に、世俗的な誠実さを期待してはいけない。心がなくなれば、誠実さや不実といった二元的な価値観も消え去るのだ。
- G224:5 به حق این دل ویران و حسن معمورتخوش است گنج خیالت در این خرابه ما この荒れ果てた心と、あなたの栄える美にかけて誓うあなたの面影という宝は、この我らの廃墟にこそふさわしい私の荒廃した心と、あなたの完璧な美しさにかけて言うが、あなたの面影という宝物を収めるには、この私の廃墟のような心が最もふさわしい場所なのだ。
- G224:6 غریو و ناله جانها ز سوی بیسوییمرا ز خواب جهانید دوش وقت دعا 方角なき方角より聞こえくる、魂たちの叫びと嘆きが昨夜の祈りの刻、私をこの世の眠りから目覚めさせた昨夜、祈りを捧げていると、超越的な世界から発せられる魂たちの叫び声が聞こえ、それが私を俗世の迷いの眠りから覚醒させた。
- G224:7 ز ناله گویم یا از جمال ناله کنانز ناله گوش پرست از جمالش آن عینا 嘆きについて語るべきか、嘆く者たちの美しさについて語るべきか嘆きによって耳は満ち、その美しさによって、まさにこの両の目は満たされるあの魂たちの嘆きの声について語ろうか、それともその声を発する者たちの美しさについて語ろうか。耳はその嘆きで満たされ、目にはその美しさが満ち溢れるのだ。
- G224:8 قرار نیست زمانی تو را برادر منببین که میکشدت هر طرف تقاضاها 我が兄弟よ、そなたには須臾の安らぎもない見よ、あらゆる方角から欲望がそなたを引きずっているのを友よ、あなたには一瞬たりとも心の平穏がない。見なさい、様々な要求や欲望があなたを四方八方へと引っ張り回しているではないか。
- G224:9 مثالِ گویی اندر میان صد چوگاندوانه تا سر میدان و گه ز سر تا پا 百本の打杖のただ中にある一個の球のように広場の果てまで狂奔し、時には頭から足まで翻弄される(人間の様は)まるでポロ競技で百本のスティックに打たれる一個の球のようだ。ある時は競技場の端まで飛ばされ、またある時は頭から爪先まで打ちのめされる。
- G224:10 کجاست نیت شاه و کجاست نیت گویکجاست قامت یار و کجاست بانگ صلا 王の意志はいずこにあり、球の意志はいずこにあるのか友の姿はいずこにあり、いざ来たれという声はいずこにあるのかポロ競技における王(打ち手)の意図と、球自身の意図は全く別物だ。それと同じように、愛する人の崇高な姿と、人々を招集する声も、次元が違うのだ。
- G224:11 ز جوش شوق تو من همچو بحر غریدمبگو تو ای شه دانا و گوهر دریا あなたへの熱愛のたぎりから、私は海のように轟いたさあ語りたまえ、おお賢き王よ、海の真珠よあなたを慕う熱い思いが込み上げ、私は海のように轟音を立てた。おお、すべてを知る王よ、海の至宝であるあなたよ、どうかその真実を語ってください。
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